2007年07月23日

ブログの方向性

私は今、ブログの方向性の変更を検討しています。

処理内容の確認や情報収集、オークションの対応など日常的な作業がいろいろとありますので、すぐにというわけにはいきませんが、もっと消費者の方にとってプラスとなる情報を残したい。そのためにできることはなんだろう、と考え続けています。

「天然に近い石」を求める消費者の方にとって一番の利益は、安心して天然石を買える場所が1つでも多く増えること。微力ではありますが、それに向け日々もがいている最中です。

まず必要なことは、私自身が知識と知恵をつけることでしょう。鑑定資格だけとっても何の意味もないと言われたので、高い学費を払って資格をとることはやめましたが、学ぶこと自体をやめたわけではありません。

最近までの私は、所持している天然石がなくなったらオークションへの天然石の出品をやめるつもりでいました。その後は樹脂粘土で猫など作って癒されようと考えていて、すでに粘土細工の道具や書籍も一式購入済みです。

でも私は、今回また新しくスギライトを購入し鑑別に出しました。他にも数点、これまで人気が高かった天然石を購入し、染色や着色についてのチェックも全品終えました。

どうして私がまた天然石を買ったのか。
どうしてまだオークションに出品をするのか。

それは、今の私には信頼できる購入先を紹介することができないからです。
かなりの数の問合せをしたにも関わらず「おそらく大丈夫だろう」止まりの
購入先が二つほどあるだけで、このままではまったく有益な情報となり得ません。

また、このブログを読んだ方が実際に業者さまに問合せても、おそらく嫌な思いをされることの方が多いでしょうし、偽物を本物として売られても、それを知ることもできません。

さらには購入した天然石が偽者だと仮に証明することができたとしても、補償されるのは商品代金のみで、証明にかかった費用は全て自己負担を強いられてしまいます。


ここでやめてしまっては、中途半端に消費者の不安を煽っただけの結果となる。それは私にとって、とても不本意なことなのです。

なんとかして、このマイナスをプラスに転じたい。それと同時に、膨大なマイナスの中から拾いあげることのできたわずかなプラスに繋がりを持たせることで、より多くのプラスを生み出せる可能性にかけてみたい。

そのように考えた結果、私が今回の件で大変お世話になり、今もっとも信頼をおいている鑑別講師の方にお会いするため、8月中に大阪に行く事にしました。

その際、素人の問合せに耳を傾けてくださった天然石業者さまにも同行していただけることになりました。もちろん、人にはそれぞれの考え方があるわけですし、あくまでもこれは私の勝手な期待や希望なので、上手くいくとは限りません。でも、少しでも可能性があるなら、かけてみたいと思うのです。

学ぶ意欲のある業者さまにとって一番必要なのは、確かな知識が学べる場所で、ひいてはそれが消費者の利益にも繋がっていく。もし本当にそのような結果が生まれてくれれば、私はとても嬉しいです。


とかなんとか言いながらも、ここから少し毒を吐きますので、苦手な方はお読みにならないでくださいね。


−−−ここから 

つい先日、ある天然石業者の方が私のブログを見た感想をメールで送ってこられました。要約すると「自分の思い通りの返答が返ってこなかったなどの愚痴を掲載したネガティブなブログだと伝わってきた。あなたは質問で人を試す悪意を持ったとても失礼な人間だ。だからうちはあなたとの取引を断るのだ」というような内容でした。

たった2回のメールのやり取りで、私の人間性まで否定されたことにはびっくりしましたが、まあこれも良い機会だと考え「それほど自分が正しく私が間違っていると信じているなら、 メールでのお互いのやり取りを一言一句変更せずに掲載し判断は閲覧者の方に任せればいいのではないですか」と返答したのですが、今のところメールは返ってきません。

ここで、誤解ないよう念押しをしておきますが、私は処理石や合成石などの存在や、それらを販売すること自体を問題視しているわけでも否定しているわけでもありません。

ビーズを使って綺麗なアクセサリーを作る方々がいらっしゃるように、より鮮やかな色を求めて染色品を選ぶ方も当然いらっしゃるでしょう。それと同様に、処理内容を知ってから天然石の購入を希望する人間もいる。ただそれだけのことなのです。

ただそれだけのことなのにどうしてこうも難しいのか。買付けの際に染色品や着色品をどのように見分けてますか、と聞いただけなのに、私の人間性まで否定するようなメールが送られてくるのはどうしてなのか。

処理内容に拘ったという理由だけで神経質な客扱いをされ、うちでは買うなと言われ、本物の天然石が欲しければ自分で掘りに行けばいいだろうとまで言われてしまうのは何故か。

答えは簡単。

突かれたくないところを突かれたから、話の焦点をぼかして水掛け論で終わらせようとしているのです。その証拠に肝心の染色品の見極めは「目視」だなどと平気で言われます。目視で全ての染色がわかるなら、そもそも鑑別機材など必要ないと思うのですが……

おそらく天然石を扱っている業者の方々の中には、染色品や着色品の見分け方さえ知らないまま売買されている方が少なからず存在しているのでしょう。

「天然石に対する処理については100%を知ることが難しい」でもだからといって10%の努力も怠るのは間違っている。これが私の主張です。

100%が難しいからこそ、まず1%からの努力をする姿勢が必要なのではないでしょうか。私の人間性を揶揄するよりも前に、できることがあるのではないでしょうか。この先も天然石を商材として扱い、その利益によって生計を立てていくならば、是非一度、自分自身に問い掛けてみて欲しいと思います。

「今やっていることが、本当に自分の精一杯なのか」


天然石で商売をされている方は、本当はわかっているのではないですか。あえて処理の有無や、処理確認の有無を記載しないのは、それをしてしまうと売上が減るからだと。天然石の名前と共にその天然石の持つ効能をちらつかせることで、利幅が大きくあがるのだと。たとえそれが偽物であっても。

よく恥ずかしげもなく、そんな商売ができますね。お金さえ儲かればいいんですか。騙される方が馬鹿ですか。正直者はカモですか。たかが天然石だと言うのなら、河原の石を売ればいいのです。河原の石よりも天然石に高い値段がつくのは、そこに人間の心が関わってくるからです。心があるからこそ、人は河原の石と天然石とを区別して買っていくのです。

私は、そこは踏みにじってはいけない場所だと思います。100%の保証ができなくても、より100%に近づく努力をしてください。あなた達が扱っているのは、天然石であると同時に人の心でもあるのです。自分が処理内容を知らないことを誤魔化すために、処理内容を知りたいと希望する消費者を鼻先であしらうのは、恥ずべき行為ではないですか。

天然石の名や効能に頼って利益を得ている人間として、まっとうな商売をしてください。知らないことが恥なのではなくて、知らないことを誤魔化したり、知らないままで放っておく事が本当の恥なのだと知ってください。


タグ:天然石 処理
posted by isinohanasi at 00:00 | 日々徒然
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