2008年06月29日

当ブログへのリンクについて A

更新したと思っていたら非公開だった、という凡ミスをしでかしてしまいました……申しわけありません。今回はリンクを貼っていただくにあたってのお願い事項を記載しました。

※この記事を公開した時点から、当ブログへのリンクはフリーとさせていただきます。事後にでもご一報頂けると嬉しいですが、とくに許可や報告の必要はありません。ただし、リンクフリーとしたことによって何らかの問題が出てしまった場合は、対応を変更させていただく場合がありますので、あらかじめご了承ください。




■リンクはトップページに貼って頂くか、もしくは情報の出所が「本当は怖い天然石のはなし」であることがわかるように表示してください。

これは、発言した覚えのない内容や発言の一部を曲解した内容が掲載されることによる混乱を防ぐための予防措置です。私のあずかり知らぬ場所で公開された文章に対しては責任の取りようがありませんし、質問を頂いてもお答えのしようがありません。

もし情報の出所が「本当は怖い天然石のはなし」であることをはっきりさせないまま転載をされる場合は、転載されたご本人が、転載内容全てに責任を持って下されば結構です。




■建設的な意見交換は難しい内容である事をあらかじめご理解ください。

「本当は怖い天然石のはなし」というブログは、もともと業者さまの対応や天然石業界の現状(消費者にとって必要な情報の公開が成されていないことなど)に疑問を持ったところからスタートしています。ですから天然石業者さま側のご意見とは真っ向からぶつかる内容も多々含まれています。そのため消費者の立場で情報を転載してくださった方に対して無責任な揶揄の矛先が向く可能性も十分に考えられます。

つい先日も「霊感商法をやっているくせに」という主旨のメールを頂き、その方とのやり取りをブログ上に公開させて頂きました。あの手の揶揄は多くの場合、いくら対応しようと頑張っても徒労に終わります。私は最初から建設的な意見交換に発展する可能性がゼロであると認識した上で「公開できる情報のひとつ」として価値があると判断した為、あのようなやり取りをさせて頂きましたが、もし私が「本当は怖い天然石のはなし」の内容を転載する側の人間であったなら、あの手の揶揄は迷わず無視したであろうと考えています。




■転載された先で起こる問題にまで対応することは不可能です。

当ブログの内容は、転載された先で何らかの拡大解釈が成された結果、議論の収集がつかなくなる可能性も十分に孕んでいます。ちなみに、収集がつかなくなった議論の責任は、私にではなく、疑問ないし推論を提唱された方にあると、私自身は考えています。


最近の例でいえば「スーパーセブンに含まれるとされているカコクセナイトは、カコクセン石か否か」

私は日本にスーパーセブンの情報を持ち込んだ方やスーパーセブンという名称を提示された方を追い、お話を聞かせていただいたりメールで質問をさせていただきましたが、その過程にはスーパーセブンに含まれる(とされている)カコクセナイトがカコクセン石である、とのご意見はどこからも出てきませんでした。また、スーパーセブンとして販売されていた天然石を多数鑑別にも出しましたが、カコクセン石が含まれたスーパセブンの存在は確認できませんでした。これらの結果をもとに「スーパーセブンに含まれる(とされている)カコクセナイトはカコクセン石とは別のものである」と過程しています。

念のため書き添えておきますが、スーパーセブンに含まれるカコクセナイトがカコクセン石であるか否かを論じるには「スーパーセブンとして販売されている(されていた)天然石」に焦点をしぼるべきだと私は考えています。「カコクセン石の含まれた水晶の写真を(どこかの)海外のサイトで見たことがあるから、調べてみればいいんじゃないですか」という内容のメールを実際に頂いたこともあるのですが、カコクセン石を含む水晶が存在するか否かは、私の検証課題ではありません。

疑問を持たれることは個々人の自由ですが、その疑問に何らかの答えを求めるならば、まずはご自身が検証やリサーチをされるべきなのではないでしょうか。




■リンク先のサイトをご覧になる方へのお願い

「本当は怖い天然石のはなし」の一部に共感したり賛同することが、当ブログの掲載内容全てを肯定するものではないことを、よくよくご理解ください。正直なところ私は、当ブログの掲載内容全てに対して共感を持ってくださる方は稀であろうと思っていますし、稀である方が良いと考えています。

前回記載したように、とにもかくにもまずは「王様の耳はロバの耳」というタブーを叫ぶための穴を掘る必要があった私にとって、ブログを立ち上げた当時の状況は極めて不利なものでした。平坦な道などどこにも見あたらず、わずかに進んだように見えても、すぐに八方塞がってしまう。そんな状況に何らかの突破口を開くため、私はいくつかの「荒っぽい手段」をあえて選んできました。もちろんそれらひとつひとつに対して「私なりの言い訳」は存在していますが、それらにまで理解を示して欲しいとは考えていません。むしろ「そこまでやらなくても良かったんじゃないの?」と一歩引いた冷静な目で見ていただく方が望ましいでしょう。


また天然石を販売されている方々に対して記載している意見や要求についても、それらが100%通るとは思っていませんし、100%通るべきだとも考えていません。「ブログに書かれている内容は正論だが、条件を100%満たすことは難しい」とのご意見を頂いたこともありますが、もっともだと思います。

「100通すべきだとは考えていないが、自分の考えはそのまま記事にする」

これはいっけん矛盾して見えるかも知れませんが、そもそも理想と現実が別の場所にあることは珍しいことではありません。むしろ理想と現実のあいだになんらかの開きがあるからこそ、そこを埋めていくための努力が必要となるのです。変化を求めることが難しい場所だからこそ、100の主張してはじめて10や20の可能性がみえてくるのではないか、と私は考えています。

現実に即した正しい判断をするためにも、まずは天然石売買に対する理想と現実の両方をまな板の上にのせ、その上で天然石売買に関わる人間がそれぞれの立場で、どのような開きがあるのか、それらの開きを埋める努力は必要か否か、現状できる努力は何なのか、などを考えていく必要があるのではないでしょうか。



■処理の把握は売る側の責任

ただし、100%の条件を満たすことが難しいと理解していても、これだけは絶対に譲れない、という主張が私にもあります。それが天然石に施された処理内容を把握する責任は売り手にある、という主張です。

私の祖母は昔「まさか水をお金で買う時代がくるとは思わなかった」としみじみ言ったことがありました。昔は必要でなかった「支払」が、必要とされる現在。残留農薬の検査にかかる費用や、環境破壊を止めるための努力にかかる費用もそのひとつ。

どれもがみな、自然を自然のままにしておけば支払う必要のなかった費用です。けれども人間が人間の都合でいろいろなものを加えてしまったために、今度は加えてしまった余計なものを取り除いたり見分けるために支払をする必要が生まれてしまった。

天然石に対する処理もまた同じなのではないでしょうか。売る側の人間が様々な手を加えたためにより複雑になり、多くの人間が関わって利益を得る販売の仕組みが処理の状況を正しく把握できなくさせ、結果的に鑑別という方法論に頼らなければ、本物かどうかを見分けらなくなってしまった。

それら人間が介入したことにより新しく生まれてしまった責任は、いったい誰が引き受けるべきなのか。複雑になってしまった偽物や処理品を見分ける努力は誰がすべきなのか。

「安全」や「情報」を重要視する日本という国で商売をし、天然石から利益を得ようとする以上、それらは日本の業者さまが負うべき責任であり、今後必要となる努力であるはずだと主張する事は間違いでしょうか? 途方もない理想論でしょうか? 私はそうは思いません。



人にはそれぞれの立場があり、それぞれの意見があります。「本当は怖い天然石のはなし」を肯定するか否定するかは重要なことではありません。天然石に関わる自分自身が何を肯定し、何を否定し、そして相対する意見にどこまでならば歩み寄れるか。それらを考えるきっかけとして利用して頂ければ、これほど嬉しいことはありません。

posted by isinohanasi at 02:04 | 注意事項(必読)
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